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①竹隠号の偈 春屋宗園 墨跡
慶長四年(縦31.1cm 横39.2cm)

この年、上田宗箇は「竹隠」の号を授かり、得度したことを証する貴重な墨跡である。筆者の春屋国師(1529~1611)は山城の人で笑嶺宗訴の法を嗣 ぎ、永禄一二年(1569)大徳寺第111世となった。また山内の大仙、聚光両院に住し、次いで三玄院を創建した。参禅した茶匠、大名も多く、利休寄進の大徳寺三門の供養導師となっている。道号としては、古田織部の「金甫 」、小堀遠州の「大有」などが知られており、この宗箇の「竹隠」の偈も同じ形式を取っている。

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②一行書「門無俗士駕」 上田宗箇 筆
桃山―江戸時代 16~17世紀 (縦91.5cm 横26.5cm)

 落款は宗古となっている。「我住まいには俗人をお迎えしない」という意味か。「自分自身を律すれば学芸に乏しく見識のない人が来訪することは無い」と読んで、家訓になることを願った毅然とした意志を見る解釈もある。筆勢は禅僧の墨跡に劣らず気骨に満ちている。変転極まりない戦乱の世を生き抜いた宗箇は、参禅して心の安静を求めており、この一行には脱俗し物にこだわらない悟道の精神があふれている。

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③竹一重切花入 上田宗箇 作
桃山時代 17世紀初頭 (口径14.3cm 高29.0cm)

 宗箇自作の花入は今日一重切六本、二重切三本が伝わっている。織部は竹花入を作ったと伝えられていないが、宗箇は竹花入に積極的に取り組んでいる。宗箇花入の特徴は峻烈と評して良いほど力強い鉈目があり、一気に切り落としたようなきわめて豪快な作ぶりである。更に左側の下部と右側の下部に鉈目がわずかに入れてあり、それによってこの竹花入は力強さだけでなく、より躍動感を感じさせる。

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④瓜形尾垂釜 芦屋 
室町時代 16世紀 (口径12.0cm 総高23.2cm)

 宗箇所持と伝わるこの釜は、力強い造形を見せている。釜としては珍しい意匠で、芦屋よりは天明にありそうな形であるが、釜肌の味わいや色調は芦屋の特長を見せている。縦筋の位置も不揃いでそれだけまた野趣が感じられる。尾垂になっていて、もとの底の姿が想像できないが、かなり下まで縦筋が溝を掘り、全体としては阿古陀(南京)に近く、また兜にも近い。

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⑤丹波耳付水指 上田宗箇 所持
桃山時代 (高18.6cm 口径19.9cm)

 恐らく織部の意匠を唐物屋の新兵衛あたりが取り次いだものであろう。丹波らしさはその釉色にあり、反面幅広く上釉がかかり、中程が焦げ、その左右が色変 わりの景を見せている。底に粒足が三つ付き、蓋は共蓋である。箱に「拝領」とあり、秀吉から宗箇が授かった物と見られる。

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⑥備前耳付水指 蓋 上田宗箇 作 上田宗箇所持
桃山時代 (高19.0cm 口径21.5cm)

 桃山時代を代表する傑作の一つといえるこの造形は如何にも逞しく、篦の躍動には目を瞠る物がある・さらには腰の張り出しや、耳の付き様、四角い口造りなど他に見られぬ個性もあり、加えてこの水指の蓋が宗箇の手作りであるということが、この水差を一層価値のあるものにしてくれている。箱書きには「蓋宗箇様挺 備前焼水指」と記されている。

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⑦庭焼赤楽茶碗 銘 さても 上田宗箇 作
(高8.2cm 口径12.4cm)

 宗箇が茶入、茶碗の手造りに秀でていることは世に知られているが、この茶碗はまさに代表作といえる。外箱に譲翁(上田家一二代)が次の如くその由来を記している。「遠祖君御手づから此器を作りたまひて、御子重政君にたまひたれば、さてもめでたしさてもめでたしとのたまひて、やがてこの器をさてもと名付けたまひし」とある。
   作風は豪快でその手強い篦取りはまさに圧巻である。茶碗は広島河原町の下屋敷で焼かれている。

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⑧織部沓形茶碗
桃山時代 (高7.0cm 口径 13.6cm)

 桃山陶を彩る織部意匠は、茶碗において直接の指導であることが作品の上で実証されている。即ち織部在判の茶碗が赤黒各一点伝えられており、ともに沓形で異色の図柄を見せている。この菱紋沓形茶碗もやはり同類を代表する一つで、不等辺梯形の造形も面白く、菱紋の白抜きがいかにも斬新である。織部門人宗箇が直接もらい受けたとしてももっともであり、紋様からいっても上田家にふさわしい好碗といえよう。

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⑨庭焼赤楽茶入 上田宗箇 作
(高8.9cm 胴径5.8cm)

 如何にも宗箇の手造りらしく、豪快なその篦さばきが茶入を特徴づけている。それは同じ宗箇の手造り茶碗「さても」と全く軌を一にしており、窯もまた同じく広島河原町の上田家下屋敷で焼かれたもので、土、釉も等しい。また茶入の造形と釉色は所蔵の利休瀬戸にも通じている。巣入りの牙蓋とオランダ縞の仕覆が添い、箱は鉄刀木で花鳥の象嵌がされている。

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⑩唐物大海茶入 銘 上田大海 上田宗箇 所持
(高6.9cm 口径5.8cm 胴径8.6cm)

 代々上田家に伝来したことで上田大海の銘がある。「唐物大海」としてその姿も整っており、ことに甑が高く、真っ直ぐに立ち、捻り返しも強い。また肩が水平に伸びてカッキリと衝き、胴の中程が少し突き出た感じに張り出している。釉景は茶色の地釉の上に、黒褐釉が流れ下り、見事な置形を成している。蜀紅錦と亀甲繋文銀襴仕覆が添い、蓋も瓶子のづくを持つ大蓋が添えられている。

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⑪竹茶杓 銘 敵がくれ  上田宗箇 作
元和元年 (長19.0cm 長18.3cm)

 元和元年大阪夏の陣の緒戦、泉州樫井の戦で味方全軍が撤退し、敵が迫ってくる中で軍を引かず、竹藪に名竹を見つけ小刀をもって茶杓二本を作った。銘は「敵がくれ」といい、宗箇が戦場にあって沈着不動の精神を持っている逸話として古来から知られた茶杓である。二本とも平時の宗箇の茶杓と異なる、櫂先もゆるやかで平たい作りとなっているが二重折撓めである。上田家一二代上田安敦(譲翁)が由来を巻物にしている。

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⑫竹茶杓 共筒 上田宗箇 作
桃山-江戸時代 (長17.6cm)

 宗箇の茶を書き留めた『宗箇様御聞書』に、「織部の茶杓の櫂先はゆったりとした曲線を示すが、宗箇は折撓めであり、利休と同じである」と述べている。
  削り上げた躍動的な中節の蟻腰は、利休・織部と共通するが、櫂先の折撓めは利休より更に鋭角的に強く折り曲げられているし、全体的に織部より肉厚である。
 この茶杓は宗箇の茶杓の中で最も宗箇の特徴が出ている茶杓である。筒も共筒として伝えられている。